2020年8月11日火曜日

在日米軍における差別意識

 なお燃えさかる米国の抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」だが、直接的な暴力だけでなく、その背景にある「米社会に残る差別の構造が問われている」と言われている。米社会に残る差別は、黒人に対してだけでない。日本人を含む有色人種に対しても、同じような差別があったし、今もあるに違いない。
 実は、在日米軍の軍人による暴力の背景に、日本人に対する差別意識があることを告発した論文を読んで、「有色人種に対する差別意識」の問題は、安保条約の根本問題ではないか、とさえ思えてきた。そう考えると、日本特有の地位協定も理解できるからだ。
 とにかく、彼らアメリカ兵は日本人を、「どうも、人間とは考えていないらしい、という結論が生れて来る」というから、驚く。

 第一のグループは、アメリカ兵を中心とするものである。アメリカ兵を中心とするとはいえ、勢い、樣々な問題が含まれて来るが、やはり、特に目立つのは、アメリカ兵の乱暴である。彼等の乱暴は、私の、そして、恐らく、読者の想像を遙かに越えている。文字通り滅茶苦茶である。子供たちの作文(注)を読んで、私は全く呆れ返つてしまった。一体、彼等は日本人というものを人間と考えているのであろうか。馬鹿らしい話だが、最後には、こういう疑問が湧いて来る。そして、どうも、人間とは考えていないらしい、という結論が生れて来る。(岩波講座「教育」第一巻の「現代文明論」に書いた通り、この「結論」には、アメリカの社会心理学者が科学的根拠を与えている。) ヨーロッパ各地にもアメリカ軍軍事基地はあるけれども、白色人種の住む彼地では、よもや、こんな乱暴を働いてはいまい。有色人種の住むアジアへ来ると、アメリカ兵は気軽に振舞えるのだ。万一、アメリカ本国で毎日こんな乱暴をやっていたら、刑務所をいくつ作っても足りる訳がないし、そもそもアメリカの社会が成り立つまい。つまり、日本では何事も気軽に出来るのである。(清水幾太郎著「基地社会の構造」『基地日本』、和光社、1953年、p216)

(注)『基地の子』、清水幾太郎著、光文社、1953年

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