2020年1月14日火曜日

軍事的緊張の恐ろしさ

 朝日川柳(西木空人選、2020114日)の、「認めても謝られても浮かばれぬ(福島県 佐藤彰宏)と、「殺しておいて殺すなと言う」(大阪府 石田貴澄)が目に留まった。二句についての選者の一言「いけしゃあしゃあと米」に拍手である。
朝日新聞・2020・1・8夕刊より
 一句は、イランが旅客機を誤射撃墜した事件の本質、戦争の不条理を見事に言い表していた。全面的な対決は避けたい、と言って戦争という言葉は使われていない。しかし、殺害された人数にかかわらず、あるいは、その規模に関わらず、戦争は戦争ではないだろうか。
 朝日新聞夕刊(2020111日)素粒子は、旅客機誤射撃墜事件を受けて、「米軍の死者はゼロ。死者176人の旅客機墜落が誤射なら、民間にこそ深刻な被害を強いる戦争の現実が、また」と表現していた。何らかの名前をつけ、この戦争の現実を歴史に刻む必要がある
 朝日新聞(2020112日)によると、<旅客機墜落は、米軍によるイランの革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害と、その後のイランの報復攻撃で緊張が極度に高まっていたさなかに起きた>。そして、<「防空システムがウクライナ機を(米国の)巡航ミサイルと認知した」と説明。「担当者がミサイル発射の許可を得ようとしたが上官に連絡が付かず、発射した」という>。
 ここで見逃せない事実は、「トランプの一声によって引き起こされた極度に高まった緊張が誤射撃墜を引き起こした」ということであって、「極度に高まった軍事的緊張は、核兵器誤射を引き起こしても何ら不思議ではないことを証明して見せた」ことである。

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