2023年2月2日木曜日

意識的に「心を磨く」

 禅、とか、悟りの境地というものは、脳の活動が最善の状態ではないか。そうだ、自然現象には共振という現象がある。禅、とか、悟りというものは、一種の脳内共振現象だ。だとすれば、悟り(無我の境地)によってパワー全開になることも納得できる。
 書道は、うまい字、味のある字を書くことだけが目的ではない。そうした字を書く過程で、無我の境地に達することも目的の一つである。なぜなら、無我の境地に達して初めて、人様に見せられる書が書けるようになるからである。書道に限らず、掃除だって勉強だって、無我の境地になるまで、本気になって取り組むことが大切なのである。
 そう言えば、禅僧は掃き掃除一つ、ふき掃除一つおろそかにしないと聞いたことがある。仏壇の前でお経を唱えることだけが修業ではなく、掃き掃除一つ、ふき掃除一つが修業なのだ、と。同じことをしても、心掛け一つで修業になるが、心掛けが悪ければ、ただ疲れさせる対象でしかなくなってしまうのである。
 では、どうすれば、常に心掛けを正すことができるだろう。やはり、意識的に「心を磨く」と心掛けることだろうか。これも実験して試す必要がある。何となくことを進めるのではなく、何をするにも、意識的に「心を磨く」と心掛けることである。
 ここまでは、2009年10月15日に書いたものである。書道はやめてしまったし、心を磨くことさえ忘れていた。しかし、どうすれば脳を最適な状態で使うことができるか、という問題意識の重要性だけは変わっていない。そう考えたとき、身の回りを整理整頓できていない状態はまずい。これから優先的に改善し、もっとゆったりと、しかも着実に前進していけるようにしたいものである。

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