2023年2月27日月曜日

驚く古代人の感性

 日本に古典文学に興味を持って読んだことはない。この度、図書館でふと目に止まった「ずらりと並んだ『21世紀によむ日本の古典』」が読みやすそうだったので借りてきて『方丈記』を読んだ。そして、自然の声を聞き、さまざまに想いを巡らせた古代人の感性に驚いた。波の音を聞いても、音そのものに感動するだけだった。しかし、波音に触発されて万葉集の歌を思い出したり、風の音に触発されて中国に詩人に想いを馳せたり、と、その想像力の豊かさに脱帽である。これこそ、教養の豊かさというものだろうか。今度放送大学で哲学の歴史を踏まえた概観を学ぶ予定だが、何かの折に、古代哲学者のエピソードなりを思い出したり、古代の哲学者に想いを馳せるようになりたいものである。
 もし、船の通ったあとの白波が、はかなく消えていくのを、自分の人生と思いくらべるときは、船をながめて万葉(奈良時代の歌集『万葉集』の歌人のある歌をまねて歌をよむ。
もし、かつらの木にふく風が、葉をさわさわと鳴らすときは、昔、中国の詩人の白楽天が、風のこずえにふくさびしい秋に、船の中で女のかなでる琵琶を聞いたという潯陽江(中国の川の名)を思う。そんなときには、昔の琵琶の名手源都督(源経信〉のまねをして、琵琶をひいてみる。
 ときに、琵趣をひくことに夢中になったら、松風の音にあわせて、雅楽の曲「秋風楽」や、水の流れにあわせて、「流泉の曲」をひく。けっしてじょうずではないが、別に人に聞かせるわけではなく、自分ひとりで演奏し、自分ひとり歌って、心をなぐさめるばかりである。(「方丈記」『21世紀によむ日本の古典 9』、ポプラ社、2001年、p32〜33)
 音楽が心を慰めることは、なんとなくわかる。それも、ただ聞くだけでなく、自ら演奏するといった能動的な関わり方をすれば、それだけ、音楽の世界に没入できるであろうから、癒しの力も大きいと思われる。『方丈記』を読んで、将来のなんらかの不安に対処する方法としてピアノ演奏を選んだが、今からその準備をしておく必要を痛感した。

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