2021年3月31日水曜日

〈コモン〉から始まる新たな民主主義

 政界は、混迷の一途をたどっている感が強い。「でたらめな国会で、政治とカネの審議で野党の質問にまともに答えない官僚や閣僚になめられっぱなしの野党」(2021年3月31日、日刊スポーツコラム「政界地獄耳」)と言われるほど、野党に存在感がないからだ。そうした野党にとっての救いは、野党共闘であろう。その実績があるにもかかわらず、野党共闘の進展が目に見えてみられないから、「官僚や閣僚になめられっぱなしの野党」になってしまうのだ。
 そうした野党共闘は、対等互恵の関係であるべきである。そこで気になるのが、自ら前衛党と名乗る日本共産党の存在だ。言っていることが素晴らしくても、どうしても上から目線になってしまう。そう受け取られても仕方がない。それでは、真の共闘は難しいだろう。
 そんな私の考えを代弁している発言を見つけた。「民衆を上から指導する前衛党などで構成される、古い共産主義的体制」という次のマイケル・ハート氏の「〈コモン〉から始まる、新たな民主主義」からの一節である。日本共産党には、この所を一考していただき、野党共闘にさらなる奮闘をお願いしたいものである。
斎藤 民主的な方法で〈コモン〉を管理するという経験が、民主的な政治と制度のための基礎になるわけですが、〈コモン〉(common)の自主管理を基盤とした民主的な社会というのは、実のところ〈コミュニズム〉(communism)に他ならないわけです。
MH まさしくそうです。新しい時代のコミュニズムを考えるならば、まず〈コモン〉から出発しなければなりません。コミュニズムを、国家による社会統制、国家による経済統制、民衆を上から指導する前衛党などで構成される、古い共産主義的体制として考えるのではなく。かつてのソ連のような体制は、現代におけるコミュニズムの新たな可能性を見誤らせるだけです。私たちは〈コモン〉から出発するべきなのです。(『未来への大分岐:資本主義の終わりか、人間の終焉か?』、マルクス・ガブリエル他著、斎藤幸平編、集英社、2019年、p66)

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