「みんなのミュシャ展」に行ってきた。等身大に描かれた絵もあって見応えがあった。同時に、解説にも、琴線にに触れる言葉に出会い、嬉しかった。
その一つは、
ミュシャにとって、絵を描くという行為は、物事を観察し、理解する過程の最も自然な自己表現の手段でもあった。
この言葉で注目した点は、理解するという求心的な力と、自己表現という遠心的な力が一体になっている事である。読書という、どちらかといえば求心的な過程も、何らかの形で表現して初めて、読書という行為が完結するのかもしれない、と思った。
もう一つは、
ミュシャは、関心の対象となったものを記録し、考察するために、生涯スケッチを続けた。
私にとってのスケッチは、今回のようなメモかもしれない、そう思い、この言葉をメモしてきた。「関心の対象となったものを記録し、考察するために、生涯メモを続けたい」と。

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