朝日新聞(be )の人生相談回答で、三木清の言葉「人格は地の子らの最高の幸福であるほど、幸福についての完全な定義はない」が引用されていた。しかし、「地の子」って何?と、この言葉の意味するところがわからなかった。妻に聞いたら、妻もわからなかった。
印刷ミスだろうなんて勝手に思って、早速ネットで調べた。三木清の言葉としては間違いなかった。しかし、三木清が引用したゲーテの詩を知って、「地の子」は「地上の子」であることがわかった。
庶民も奴隷も支配者も
みんなが口をそろえていいます
地上の子の最大の幸福は
人格のみである と(ゲーテ晩年の詩集『西東詩集』[1819年]の中の「ズライカの巻」から引用)
同じゲーテの格言に
天国に一人いたら、これより大きな苦痛はあるまい。(『ゲーテの言葉』、高橋健二訳編、彌生書房、1969年)
というのがあった。明らかに”天国”に対する「”地上”の子」であることに間違いない。それなのに、「人格は地の子らの最高の幸福である」というゲーテの言葉として流布されており、新聞にまでそのまま掲載されるというのは、いかがなものであろうか。私は、ゲーテにも、三木清にも失礼であると思う。
ところで、「最大の幸福は人格のみ」とはどういうことであろうか。三木清の『人生論ノート』によると
人格は肉体であると共に精神であり、活動であると共に存在であるから。そしてかかることは人格というものが形成されるものであることを意味している。
ここから察しうるのは、まさに「人格として形成しつつある」動的な存在こそ、最大の幸福である。私はそう理解した。
0 件のコメント:
コメントを投稿