福島の帰宅困難地域との「境界線」を描き続ける加茂昂さんは、震災後、絵を描けなくなってしまう。ボランテアとして被災地に足を運んでいたとき、商店街のシャッターに住民たちと絵を描くことを頼まれる。シャッタに絵を描いているとき、一人の住民に「震災後街に色がなくなってしまった。ここに色が戻ってきて嬉しい」と言われ、絵を描いていいんだ、と絵を描く力が蘇ってきた、という。その話が印象的だった。
加茂昂さんが「ここから先は帰還困難区域」と書かれて立て看板の前で絵筆を取っていたとき、立て看板の向こうには、黒いビニール袋の放射線廃棄物が山積みされていた。「やがては、この汚染物質も、目に触れない中間貯蔵施設に運び込まれてしまうだろう」と話していたが、そうした未来の、この地域を想像して描かれていたのだ。
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| 加茂昂さんの作品、ここから先は帰還困難区域と書かれている |
水戸芸術館で開催中の「3.11とアーティスト:10年目の想像」展(「現代美術ギャラリー|水戸芸術館」で、5月9日日曜日まで)。東北でのボランティアをきっかけに創作を始めた、小森はるかさんと瀬尾夏美さんのユニット、福島の帰宅困難地域との「境界線」を描き続ける加茂昂さん…
展覧会は、震災が露わにした問題の1つが「想像力の欠如」だと考え、見る人の想像力を喚起しようとする。さらに作家たちの目はコロナ禍の「今」にも向かう。柳澤紀子さん、鴻池朋子さんのメッセージとは?(「NHK解説」より)
絵画が、私とセットで展示されているのも珍しい。番組では、「二〇三一年、春」という詩を紹介していた。
二〇三一年、春
僕の暮らしているまちの下には、
お父さんとお母きんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた
下のまちの人はどうしてしているの、と尋ねると、
お父さんは、僕をまちの真ん中の広場まで速れて行った
お父さんと一緒に階段を降りる
広い、広い、一面の花畑がそこにある
色とりどりの花
さまざまな季節が、ここに、一度にある
お父さんに、おいで、と手を引かれて歩く
広い広い花畑の中に、いくつもの道筋がある
ふと、お父さんは立ち止まって、
ここがお父さんの育っった家だよ、と言った



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