特攻隊といえば、飛行機によるものが一般的で、回天や、人間機雷のことは知っていたが、震洋(小型特攻ボート)のことは知らなかった。そして、人間機雷などは、アイデアだけだと思っていたので、下記の記事で実際訓練もしていたということを知って驚いた。
「沈黙は中立ではない。自分と同じ過ちをしないでほしい」(岩井忠正・岩井忠熊、朝日新聞東京版・19.11.6)
太平洋戦争中に特攻員になった99歳と97歳兄弟。兄は人間魚雷「回天」や人間機雷「伏龍」の訓練を、弟は小型ボートに爆弾を載せて戦艦に突っ込む「震洋」の訓練を受けていた。いずれも実践に出ずに終戦を迎えたが、その体験を長年語り継いできた。戦時中、「本当は生きたかったが、それを言ってはいけない空気があった」と口をつぐんだ過去を語る。沈黙すると世の中が間違った方向に流れる。この警鐘を受け止めなければいけない。(武田砂鉄著「今日拾った言葉たち」『暮しの手帖』、2020年2~3月号、p126)
改めて、どんな特攻兵器だったのかをウキペディアで調べてみた。そして、このような兵器で真面目に戦おうとした歴史は、決して忘れてはいけない、と思った。さらに想像を膨らませると、辺野古や馬毛島に造ろうとしている新基地も、平気という点で、特攻兵器と何ら変わらない。それどころか、何百倍もの狂気の沙汰である。武田砂鉄さんの言葉にあるように、おかしいことは、おかしいと言い続けていかなければならない。
回天:太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷
伏龍:潜水具を着用した兵士が浅い海底に立って待ち構え、棒付き機雷を敵の上陸用舟艇に接触させ爆破するという人間機雷
震洋:太平洋戦争で日本海軍が開発・使用した小型特攻ボート


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