『 日本の基地 3 写真・絵画集成』(林茂夫編、日本図書センター、2002年)に掲載されていた米軍の砲弾の写真の大きさと、そこに装填されている弾薬から、それらを作っている企業、労働者、さらに、それらを使用する兵隊、それらの砲弾を浴びる運命にある人たちに思いを寄せて見た。
単なる演習なら、砲弾の、国家財政の浪費でしかないが、実戦で使われれば、間違いなく人間を殺生する。どんな理由があろうとも、人の手による殺生はあってはならない罪である。しかし、国家公認の軍隊では、罪にはならない。だから、平時に軍用機の墜落によって命を奪われても、パイロットが殺人罪で問われることはない。大きな不条理である。
原発の使用済み核燃料も、それこそ沢山あって、軍隊と同様、存在しているだけで大きなリスクになっている。しかし、国民の目には見えないところにあって、その危険性と共に、国民の記憶の外にあるのが現状である。だから、人々の目に触れるようにしておくことが大切なのかもしれない。


単なる演習なら、砲弾の、国家財政の浪費でしかないが、実戦で使われれば、間違いなく人間を殺生する。どんな理由があろうとも、人の手による殺生はあってはならない罪である。しかし、国家公認の軍隊では、罪にはならない。だから、平時に軍用機の墜落によって命を奪われても、パイロットが殺人罪で問われることはない。大きな不条理である。
原発の使用済み核燃料も、それこそ沢山あって、軍隊と同様、存在しているだけで大きなリスクになっている。しかし、国民の目には見えないところにあって、その危険性と共に、国民の記憶の外にあるのが現状である。だから、人々の目に触れるようにしておくことが大切なのかもしれない。


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