とても胸のすく思いを感じさせてくれた文章に出会った。今まで、高齢化が進んでいくと、やがて一人の若者が一人の高齢者を支えるようになってくる、と聞かされてきた。その度に、肩身の狭い思いをし、何かがおかしい、と思いながら、反論できなかったからである。
よく「若者一人で何人の高齢者を支える」というデータが出され、老若男女の不安をあおりたてる。こんな数値が大きな顔をしているのは、世界中で日本だけだと聞いた。年をとれば衰えて若者がその面倒をみるのが当たり前のことであって、若者がお荷物に感じ高齢者が申し訳なく思う必要はないのだと。(「『逆説の長寿力21カ条 幸せな最後の迎え方』を読んで/ひとことブックレビュー」より)
今、新型コロナウイルス問題が広がるにつれて「新たな分断」が生じてきているが、「若者一人で何人の高齢者を支える」というデータを示されることで、若者と高齢者の間に分断が生じてきた、ということに気がついた。そして、高齢者が生きにくい、ということは、障害者も生きにくいということになる。障害者も、他者の支えなしには生きられないからだ。
さらに考えを進めると、高齢者も、障害者も、等しく、憲法13条でいうところの「個人」である。であるならば、高齢者や障害者は、若者が支えるのではなく、社会、あるいは国家により、保障されるべき当然の権利と考えられることに気がついた。堂々と支えられていいのだ、と。
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