2020年4月10日金曜日

戦後日本の進路

「戦後日本の進路 更生日本の門出前途は実に洋々たり」は、昭和二〇年(一九四五年)八月二五日に書かれた石橋湛山の記事である。

 昭和二十年八月十四日を以って発余せる更生日本が、具体的にはいかなる針路を取るべきか、(中略)
 言うまでもなく日本国民は将来の戦争を望む者ではない。それどころか今後の日本は世界平和の戦士としてその全力を尽さねばならぬ。ここにこそ更生日本の使命はあり、またかくてこそ偉大なる更生日本は建設されるであろう。しかし原子爆弾の一例は、いかなる針路を日本が取るにしても、その着眼の要点を示すものである。率直にいえば、従来の我が国には、この着眼が足りなかった。竹槍こそ最も善き武器なりとする非科学的精神が禰漫した。ここに戦争においても今回の不利を招いた根本原因があるが、平和の事業においても同様である。単に物質的の意味でない科学精神に徹底せよ。しからば即ちいかなる悪条件の下にも、更生日本の前途は洋々たるものあること必然だ。記して以て更生日本の門出を祝す辞となす次第である。(『石橋湛山評論集』、ワイド版岩波文庫、p259〜261、強調は引用者による)

 この記事を読んで、このような戦後日本の息吹を感じるものをもっと探して集めてみたい、と思った。これは、その一歩である。

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