次に、明治45年に書かれた石橋湛山の文章を読んでみる。
人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として、人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない。宗教や文芸、あに独り人を人として生かしむるものであろう。人の形づくり、人の工夫する一切が、人を人として生かしむることを唯一の目的とせるものである。(『石橋湛山評論集』、ワイド版岩波文庫、p20、強調は引用者による)
されば「国民として生きる前に人として生きねばならぬ」という言葉は、私の意味を以てすれば、「国民として生きる前」ばかりでなく、「宗教の中に生きる前」「文芸の中に生きる前」「哲学の中に生きる前」に人は人として生きねばならぬのである。否、生きざるを得ないのである。何となれば、国家も、宗教も、哲学も、文芸も、その他一切の人間の活動も、皆ただ人が人として生きるためにのみ存在するものであるから、もしこれらの或るものが、この目的に反するならば、我々はそれを変改せねばならぬからである。(上同、p20〜21)
日本国憲法の第13条の思想に、石橋湛山の思想がしっかり流れ込んでいると感じる。
石橋湛山(一八八四~一九七三)は、日本敗戦後七人目の首相だったが、「健康上の制約から、自分の考えを実行できなかったことを詫びる」(p277)と書いているように、途中で政治家を引退している。現在の政治家に、ぜひ次の言葉を読んでもらいたいものである。
重ねていうが、わが国の独立と安全を守るために、軍備の拡張という国力を消耗するような考えでいったら、国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす。したがって、そういう考え方をもった政治家に政治を託するわけにはいかない。政治家の諸君にのぞみたいのは、おのれ一身の利益より先に、党の利益を考えてもらいたい。党のことより国家国民の利益を優先して考えてもらいたいということである。
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