2024年1月26日金曜日

戦後の原点と松川事件 そこにある歴史の矛盾と対立

 戦後の原点とはなんでしょうか。人によって捉え方が違うかもしれませんが、日本国憲法前文に示された「われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」て、平和な日本の建設というものだと思います。何よりも戦争が終わり、ホッとして、サーこれからは新しい日本を建設するぞ、というものでした。戦後の新聞や雑誌には、そうした息吹が感じされるものに満たされていたのではないでしょうか。
 戦争中は、暗黒の政治が行われ、自由は抑圧され多くの思想家が弾圧され、獄中に入れられました。三木清とか武谷三男といった著名人も、その中に入っていました。戦後は、そうして抑えられていたものが、一挙に花開き始めたというべきかもしれません。その典型が、1949年1月の総選挙で、日本共産党が35名(約9倍)に躍進したことです。
 そんなとき、下山事件や松川事件が起きました。犯人として日本共産党員らが検挙され、松川事件では死刑の判決さえ出されたのです。結局無罪放免になったわけですが、共産党へのダメージは大きかったようです。次の総選挙では議員を失ってしまいました。何年にもわたって共産党員が犯人、死刑の新聞記事が流されたわけですから当然です。このようにして、戦前に支配的だった反民主勢力が力をつけてきました。
 つまり、戦前に支配的だった反民主勢力は、戦後も命脈を保ち、徐々に力をつけて、今に至っているのです。戦後に花開き始めた民主勢力も、相対的には弱いと言えども、同じく力をつけてきているのではないでしょうか。何よりも、自由に批判できるという雰囲気がまだまだあるからです。このような反民主勢力と民主勢力の矛盾対立こそが、歴史を動かしている原動力なのです。マルクスは歴史は階級闘争の歴史である、と言ったようですが、歴史を矛盾の対立という観点で捉える視点は同じです。  
 ここで重要なのが「戦争を反民主勢力の主要な目的」と捉えることです。戦中は、反民主勢力が”民主勢力を弾圧してまで”戦争を遂行してきたことが何よりの証明です。
 

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