いいはずがありません。「そもそも戦など無いほうが良いに決まっている。その考えは今も不変である」(『人よ、花よ、』、今村翔吾著、朝日新聞、2024年1月16日)ことに間違いありません。しかし、そのための戦術が間違っていれば、戦争をなくすことなど不可能です。
残念ながら、閣議決定が大きな力を持っている現実政治は、「無益な手段方法〔原子兵器やその他の軍事力〕が、現実に即した政治であると誤って考えられ、信頼されている」(アインシュタイン)のが現状です。
では、どうすればいいのでしょうか。
それは、「軍事的な同盟を結んで平和をかためようとする試みは、けっして平和と安全をもたらすものではなく、かえって、戦争とあらゆるものの破壊とをもたらすだけでしかないとうことを、くりかえしくりかえし〔人びとの心に〕さとらせる」(アインシュタイン)ことです。このことは、幾多の戦争によって実証されています。
今最も心配なことは、ロシアやイスラエルなどの「情勢の如何によっては、すべての戦争当事国は、もっとも有効な、すなわちもっとも殺人的な兵器を使用せざるをえないような事態においこまれるであろう」(アインシュタイン)ということです。だからこそ、アインシュタインのメッセージに耳を傾けて、日本国憲法の真の価値に気づく必要を感じます。
そのメッセージとは、一九五三年の広島・長崎の原爆記念日に際して、『アインシュタインの世界』訳者の一人篠原の僭越な願いに応えて寄せられた、アインシュタインから日本国民にあてたメッセージで、次のような内容です。
規則的な催しをおこなって、広島と長崎の悲劇の思い出を、善意をもったすべての人間の意識の内になまなましくとどめておくことは、よいことです。しかしながら、こうした記念の催しというものは、諸国民の平和な一致にもとづいた世界政府建設の必要性についての確信を〔世界の人びとの心のうちに〕つよめるうえで役立つものであってこそ、はじめて、永続的な価値をもつことになります。この確信は〔つぎのような認識、すなわち〕国家というものを超越した力が欠けているかぎり、結局、戦争を避けることは不可能であろう。従って情勢の如何によっては、すべての戦争当事国は、もっとも有効な、すなわちもっとも殺人的な兵器を使用せざるをえないような事態においこまれるであろう、——という認識によって裏付けられているべきです。
軍事的な同盟を結んで平和をかためようとする試みは、けっして平和と安全をもたらすものではなく、かえって、戦争とあらゆるものの破壊とをもたらすだけでしかないとうことを、くりかえしくりかえし〔人びとの心に〕さとらせることが必要です。
人類の将来にとって最大の危険は、無益な手段方法〔原子兵器やその他の軍事力〕が、現実に即した政治であると誤って考えられ、信頼されているところにあります。
一九五三年七月十八日ニュージャージー、プリンストンにて アルベルト・アインシュタイン(『アインシュタインの世界 物理学の革命』、講談社ブルーバックス、1975年、「訳者あとがき」より)
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