2024年1月19日金曜日

鎮魂のための芸術

 また、草間彌生さんの詩です。彼女の鋭い現代社会批判には目を見張るものがあります。例えば、「この地獄絵図の中で/生の神秘は/すでに息づくことをやめている」とか、「私たちを迎え入れる死は、/その荘厳である静かさを放棄し、/私達は静謐な死を見失いつつある」であろう現実に暗澹たる思いがします。しかし、その一方で「人間性の退廃の彼方に、/星はいぶし銀の光を秘めてまたたいている驚き」に、救われる思いがします。私たちは、「生命の輝き」を取り戻す必要があるのかもしれません。
 また、「私の制作のイメージは『死』がテーマである」と書いていますが、哲学者も、同じようなことを書いていました。「最も強く心に響いたのは死を考えるというテーマでした。死の思いに取り憑かれていたというわけではないが、でも死を思うことはより良く生きるための助けになるという事実にいつも驚いていました。最後の日、最後の時間を生きているかのように生きるのです」(『生き方としての哲学 : J.カルリエ, A.I.デイヴィッドソンとの対話 』、ピエール・アド著、小黒和子訳、法政大学出版局,、2021年、p272)という具合です。彼女のよりよく生きるための芸術でもあったのです。
  鎮魂のための芸術

体制と規約の壁はいつも厚く、
人間性の集団の虚偽と、政治への不信、
戦争による人間性の喪失と混乱、
マスコミの暴力、公害などなど。

人類の精神的退化は
我々の前途の太陽をいつもさえぎろうとする。

芸術の創造的思念は
最終的には孤独の沈思の中から生まれ、
鎮魂のしじまの中から
五色の彩光に煌めきはばたくものだと
私は断固として信じる。

そして今、
私の制作のイメージは「死」がテーマである。

科学や機械万能の
進歩による人間の思い上がりは
生命の輝きを失わせ、
イメージの貧困をもたらしている。

暴力化した情報化社会、
画一化した文化、自然の汚染、
この地獄絵図の中で
生の神秘は
すでに息づくことをやめている。

私たちを迎え入れる死は、
その荘厳である静かさを放棄し、
私達は静謐な死を見失いつつある。

この白痴的なゴキブリと
どぶ鼠を捏ねる地球の醜さと
人間性の退廃の彼方に、
星はいぶし銀の光を秘めてまたたいている驚き。

無限の何億光年の一瞬の静寂を
目に見えぬ力に生かされて、
イリュージョンの中に存在する私の一瞬の生命。

今まで
私の生きていくための自己革命は
即ち死を見出すためであった。

死の意味するもの、
その色彩や空間の美、
その死の足跡の静かさ、
死の後の「無」、

それらを含めた
わが鎮魂のための芸術を作る時期に、
私は来ている。(「わが魂の遍歴の闘い」『草間彌生わたしの芸術』、建畠晢他著、グラフィック社、2019年、p120から、「鎮魂のための芸術」という詩に改編)

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