私はこの詩を読んで、「家畜とは何であるか」という文章を思い出しました。この文章を読み直して、「他人と同じかっこうをしているの?」というのも、外形的なものではなく、精神的なものを指していることに気づきました。
もう一つ気づいたことがあります。意識的な服従芯がなくても、体制の横暴を黙認していれば、そうした人たちも、家畜と言われても仕方がないのではないか、ということです。そういえば、「家畜化された日本人」みたいな本を読んだことを思い出しました。そして見つけたのが『自己家畜化する日本人』(池田清彦-、祥伝社、2023年)です。「体制に抵抗しよう!」という言葉は、「人間性を取り戻そう!」ということでもあったのです。
家畜とは、最小限度左の如き性質を有するに至った動物である。⑴一定の人間の支配下に於て繁殖を続け⑵その人間の支配下より逃亡の意志なく⑶ その人間のために生存し、その人間に絶対服従すること。故に家畜と野生の動物との根本的な相違点は、外形的なものではなく、精神的なものである。一言にしてこれをいえば、家畜とは、生れながらにして一定の人間に対する服従心を持つ動物であると言うことが出来る。(『近きより5帝国日本崩壊』、正木ひろし著、社会思想社、1991年、p288)
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