2021年4月19日月曜日

結局、東山魁夷が好きなのだ

風景は人間の心の祈りである」で、作者の解説文によって絵の素晴らしさが引き立つことを書いた。初期に描いた東山魁夷の風景も、なんとも味わい深いものがある。それも、東山魁夷の文章を読んだからのような気がする。それとも、単なる郷愁を感じるだけなのだろうか。
 前の文章と同様、今回紹介した文章も、どちらかといえば、「好きな文章」である。特に、「一つ一つ骨折って積み上げてゆく意志的な努力」とか、「厳しい冬が長い山国、それにしっかりと耐えている人や樹木」といった言葉が好きだ。どうして?と考えてみた。そしてわかった。この文章には、東山魁夷が描かれているからで、つまり、結局「私は東山魁夷が好きなのだ」ということに気がついた。

(『東山魁夷画文集・1』より)
 私が絵に志してスタートしたその頃の緊張した気持、一つ一つ骨折って積み上げてゆく意志的な努力といったもの、その象徴が山国の姿であったのです。厳しい冬が長い山国、それにしっかりと耐えている人や樹木、その内奥に豊富なものを深くたたえながら、なんと山々は孤独であることか。
 少年時代に接していた神戸をめぐる自然は親しみ易く、明るく、楽しいものでありましたが、甲信の山々に感じる荘厳なもの、深いものは無かったことを痛切に感じたのです。これは少年を過ぎて今になったばかりの私には一つの人生の開眼であり、自然の発見であったわけです。私はとりつかれたように、ハヶ岳、上高地と山々を旅し、それを描きました。(『東山魁夷画文集・1』より)

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