2021年4月12日月曜日

風景は人間の心の祈りである

 今回、作者の解説文によって、絵の素晴らしさが引き立つ体験をした。逆に、絵を見ながら、あるいは絵を見てから解説文を読むと、解説文も名文として文章を味わうことができることがわかった。絵と解説文が相乗効果をなして、絵の魅力が迫ってくるのだ。
 東山魁夷は 『東山魁夷画文集・1』で、「風景は、いわば人間の心の祈りである」と書き、「心を深めるということは到達点のないことで、私たちの一生をかける問題であろう」とも書いている。何年か前に唐招提寺御影堂障壁画を観てきたが、こうした大作にたどりついたのは、東山魁夷にとって必然だったのかもしれない。そう思って、たまたま借りていた『東山魁夷全集・8』読んでみたら、「戦後、『残照』の作品で出発した私の道は、ここへ辿り着くことが自然であったのかも知れない。私は、この巡り逢いを感謝すると同時に、この仕事を完成するのは容易なことではないと思わないではいれなかった」と書いてあって驚いた。

(『残照』、1947年「独立行政法人国立美術館」より)
風景開眼
 山並みは幾重もの襞を見せて、遥か遠くへ続いていた。冬枯れの山肌は、沈鬱な茶褐色の、それ自体は捉え難い色であるが、折からのタ陽に彩られて、明るい部分は淡紅色に、影は青紫色にと、明暗の微妙な諧調を織りまぜて静かに深く息づいていた。その上には雲一つ無い夕空が、地表に近づくにつれて淡い明るさを溶かし込み、無限のひろがりを見せていた。
 人影の無い山頂の草原に腰をおろして、刻々と変ってゆく光と影の綾を私は見ていた。
 この広𤄃な眺望。海原の波の起伏を見るように、心に響いてくる山と谷の重なり。つかの間の夕映えであるにせよ、休らいと救いを約束するかのような静かな空。谷間の夕影の中に、一筋の道が見える。(『東山魁夷画文集・1』より)


唐招提寺御影堂障壁画に注目。生誕110年、東山魁夷の大回顧展美術手帖」より

唐招提寺御影堂障壁画に注目。生誕110年、東山魁夷の大回顧展美術手帖」より

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