丸山眞男をの著作を読んでいると、まさに現代のことを見通していたように感じられることが多い。「暗い時代の救いの書物」として福沢諭吉のことを取り上げているが、今の安倍政権も、福沢が言った「武人の権力」と何ら変わっていないことに驚く。言うまでもなく、下は朝鮮、上はアメリカである。情けない話だ。
私の二十代から三十代のはじめにかけて、私がくりかえし読んで希望と励ましをえた書物といえばどうしても福沢のものを挙げないわけにはいかない。「日本の武人の権力はゴムの如く、其相接する所の物に従て縮張の趣を異にし、下に接すれば大に膨脹し上に接すれば頓(とみ)に収縮するの性あり」などというくだりを読んで溜飲を下げることが、情ない話ながら当時の私にとって日々の救いだった。(「暗い時代の救いの書物」『丸山眞男集8巻』、p161)
丸山さんは日本の民主主義の重大な危機として、五・一九をとらえたことは疑いをいれない。そのとき丸山さんは、憲法問題、基地問題、勤評間題などの個別の諸問題(原文は傍点強調)が、くりかえし民主主義と憲法蹂躙の形で処理されてきたことをふりかえっている。その頂点として、五・一九の強行採決がある。
そのくりかえしをおしとどめなくてはならない。そのためには民主主義か安保かという並列的な選択としてではなく、権力の万能をゆるさないという、より原理的な立場を自覚すべきだというのが丸山さんの言いたいことだったと思う。日高六郎著「『選択の時』のとき」『丸山眞男集8巻の月報6』、p2)
残念な話だが、60年安保で用いられた強行採決は、現代まで繰り返されてきてしまった。権力の万能をゆるさないという、より原理的な立場の自覚が足りなかったのだろうか。今こそ、「権力の万能をゆるさない」という声を大きくしていかなければならない。
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