それは、古代ギリシャで支配的だった思考様式、つまり、「神話や精霊、空想や、信仰や、太古の神話のなかに未知の事柄にたいする答えを求めようとした」思考様式に、新しい思考の革命が起きた、という次のような話である。
なぜ、この話を思い出したか、それは、三浦さんが簡潔に述べた「国の国との防衛力が均衡を保つなら平和になるなどという。そんな考え」が「古代ギリシャで支配的だった思考様式」とダブって見えたからである。古代ギリシャ人に学び「思考の革命」を起こさなければ「剣による者は剣で亡ぶ」ことになってしまう、と。
紀元前六世紀はじめのミレトスで、タレス、その弟子アナクシマンドロス、ヘカタイオス、そして彼らが形成する学派のメンバーたちによって、答えを追求する別の方法が編み出される。それはつまり、神話や精霊を引き合いに出すのではなく、事物の性質それ自体のうちに答えを追求する方法である。この途方もない思考の革命が、新しい知の様式を打ち立て、科学的思考の夜明けを到来させることになった。
観察と理性を適切な方法で用いること。未知の事柄にたいする答えを、空想や、信仰や、太古の神話のなかに求めるのを避けること。そしてとりわけ、批判的な思考を正しく用いること。そうすればわたしたちは、世界にたいする自らの視点を絶えず修正できる。ありふれた眼差しには映らない現実の諸側面を発見できる。これまで知らなかったことを学習できる。こうした点をミレトス人は理解していた。(『すごい物理学講義』、カルロ・ロヴェッリ著、竹内薫監訳、河出書房新社、2017年、p16〜17)
観察と理性を適切な方法で用いること。未知の事柄にたいする答えを、空想や、信仰や、太古の神話のなかに求めるのを避けること。そしてとりわけ、批判的な思考を正しく用いること。そうすればわたしたちは、世界にたいする自らの視点を絶えず修正できる。ありふれた眼差しには映らない現実の諸側面を発見できる。これまで知らなかったことを学習できる。こうした点をミレトス人は理解していた。(『すごい物理学講義』、カルロ・ロヴェッリ著、竹内薫監訳、河出書房新社、2017年、p16〜17)
「核兵器廃絶」などという、あまりにも当然のことを、なぜ声を大にして言わねばならぬのか、私はふしぎでならない。人間社会の犯罪の中で、最大の犯罪は殺人である。一人殺しても死刑になるというのに、なぜ一挙に大量の人殺しをする核をつくるのか。
国の国との防衛力が均衡を保つなら平和になるなどという。そんな考えのもとに、Aの国で百の核があるから、こちらも百の核を持たねばなどという。何と非現実な平和論であろう。現実に全人類を亡ぼしかねない危険な核をつくればつくるほど平和は保たれるというのであろうか、そんな平和を私は絶対に信じない。
「剣による者は剣で亡ぶ」と聖書には書いてある。核はむろん、一切の武器を、各国がゼロにしたら一番よいのだ。
国と国は、もっと熱意と時間をかけて、平和を話し合うべきなのだ。それをしないのは、核によってもうける人間がいるからだ。いったい、そうした人たちには、自分の孫子の未来などどうでもいいのだろうか。( 三浦綾子「”核”の”均衡”は非現実的な平和論」『新婦人しんぶん』1986年5月15日)
国の国との防衛力が均衡を保つなら平和になるなどという。そんな考えのもとに、Aの国で百の核があるから、こちらも百の核を持たねばなどという。何と非現実な平和論であろう。現実に全人類を亡ぼしかねない危険な核をつくればつくるほど平和は保たれるというのであろうか、そんな平和を私は絶対に信じない。
「剣による者は剣で亡ぶ」と聖書には書いてある。核はむろん、一切の武器を、各国がゼロにしたら一番よいのだ。
国と国は、もっと熱意と時間をかけて、平和を話し合うべきなのだ。それをしないのは、核によってもうける人間がいるからだ。いったい、そうした人たちには、自分の孫子の未来などどうでもいいのだろうか。( 三浦綾子「”核”の”均衡”は非現実的な平和論」『新婦人しんぶん』1986年5月15日)

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