官僚による公文書の改ざんが横行している。追求されても、何ら反省もなしに繰り返されているのだ。それだけに「公文書改ざんは歴史につばする行為」という指摘には、溜飲の下がる思いをした。
この言葉は、作家の高村薫さんが朝日新聞に語った「民主主義の体(てい)が問われている」という次の記事で述べられていたものである。
森友問題には、使える人脈はだれでも利用した籠池泰典、諄子夫妻の強烈なキャラクターに加え、安倍晋三首相の妻昭恵さんが登場しました。籠池さんが主張する「安倍首相側から寄付金100万円」が事実かどうかも、双方の言い分は食い違います。この言葉は、作家の高村薫さんが朝日新聞に語った「民主主義の体(てい)が問われている」という次の記事で述べられていたものである。
これらはタヌキの化かし合いみたいなもの。それよりも、あの国有地の前で籠池夫妻と昭恵さんの3人が並んで撮影した写真が、この問題のすべてを物語っていると思います。昭恵さん付の政府職員が、国有地取引に関して財務省に問い合わせた文書も残っているのですから。 補助金詐欺はどうでもよい事件ではありません。一般の私たちから見れば罪に問われて当然です。一方、国有地取引での背任や公文書改ざんの容疑で財務省幹部らを立件するのは難しかったかもしれませんが、公文書改ざんは歴史につばする行為。もっと徹底的に調査し、構図や背景をしっかり調べるべきでした。
森友問題を今も注目しているのは一部の人だけで、多くの人の関心は他に移っています。もう忘却のかなた。「籠池劇場」として、面白おかしいニュースとして消費されただけだったのかもしれません。
でも、私は無関心が一番の問題だと思います。関心を持ち続けられるか。そこで、私たちの民主主義の体(てい)が問われている。
いま国会で野党が追及している「桜を見る会」の問題は森友問題と同根。政権に近しいとされる東京高検検事長の定年延長もそう。政権の都合や保身のために原理原則がねじ曲げられることを許していては、いずれ私たちの権利がおびやかされるかもしれません。
問題を繰り返させないために、政治に厳しい目を持ち続ける。それが大切ではないでしょうか。(聞き手・吉村治彦)2020年2月20日
今は、こうして批判記事もかけるからいい、しかし、いつ表現の自由といった私たちの権利がおびやかされるかもしれないとしたら、おびやかされてしまったら、もう遅い、ということになってしまう。そうならないためにも、「政治に厳しい目を持ち続けたいもの」である。
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