新聞の連載小説を読んでいて、これこそ”真理的な飢え”そのもの!と感心した少年の姿に出会いました。読んでいて、少年の渇望と向学心が痛いほど伝わってきたのです。それは、次のような隼人のことです。
またも声を潤ませた信乃を瞬きをせずに見つめ、「わたしは何があろうとも、傷つきはいたしません。人を怨みもいたしません」と、隼人はひと言ひと言噛み締めるように告げた。
「学べることがどれだけわずかであろうとも、誰かからどれほど手厳しい裏切りを受けようとも、何も得られず、誰とも関わらぬことに比れば、よっぽどましです。姉上が世のお人をお嫌いになるのであれば、わたしがその分、人と交わり、学べる限りを学んでまいります。(澤田瞳子著、連載小説「春かずら」『福島民報』、2024年11月27日)
私は、隼人の心意気を知って、自らの勉強ぶりを恥じました。学びの環境に恵まれているからこそ、飽食気味になってしまっていたことに気づいたからです。もっと身につける学びというものを意識すべきであることに気づいたのです。隼人に負けるな!です。
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