2024年11月18日月曜日

自分の外に精神の独立を!

 ブログ「死の準備と練習をする」の中で、モンテーニュの言葉「キケロは、哲学をきわめるとは死の準備をすることにほかならない、と言った。これはつまり、研究や瞑想が、ある意味で、われわれの精神をわれわれの外に引き出し、肉体と離して働かせるからで、いわば、死の練習、模倣のようなものだからである。あるいは、世のあらゆる知恵と理論が、結局は、われわれに死を少しも恐れないように教えるという一点に帰着するから」(注1)を紹介しました。
 ここの「研究や瞑想が、ある意味で、われわれの精神をわれわれの外に引き出し、肉体と離して働かせる」というところの「われわれの外に引き出された精神」のことがずっと気になっていました。なぜなのかを考えてみました。この精神がしっかりと自分から独立して存在し始めると、不眠といったこともなくるんじゃないか、そんなことが頭の中に渦巻いていて、気になっていたようです。つまり、不眠で不安にとらわれるようでは、まだまだ勉強が足りない、ということのようです。

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