2021年2月26日金曜日

忘れてはならない戦争の罪科

 図書館で読んできた『河北新報』 (2021年2月25日)に、安田浩一さんの「長生炭鉱事故と在日コリアン差別・戦争の罪 問い続ける」という記事があった。最後の言葉、「日本人こそ問わねばならぬ。私たちの社会に、戦争の罪科はしっかりと刻まれているのか」に、強い共感を覚えた。

 追悼式を終えた直後、海岸の堤防から沖のピーヤに向けて花を投げる女性の姿があった。柳春菜さん。福岡県で音楽活動を続ける 「ハルナユ」のボーカリストだ。血縁者が同事故で亡くなっている。追悼集会では事故をテーマにした「カヂマヨ」を歌った。日本語で「行かないで」。哀調を帯びた旋律に愛する人を失った遺族の思いが込められている。「なぜ朝鮮人がそこにいたのか。なぜ亡くなったのか。その意味を問い続けたい」
 事故から80年目の冬。一部で歴史の書き換えが進められるなか、日本人こそ問わねばならぬ。私たちの社会に、戦争の罪科はしっかりと刻まれているのか。問いを重ねたその先で、初めて犠牲者は尊敬を回復す (ノンフィクションライター)

 長生炭鉱事故については、恥ずかしい話だが最近まで知らなかった。この痛ましい事故のことを知ったのは、朝日新聞の夕刊で、強制労働の一つの事例として長生炭鉱事故を取り上げていたからである。
 引用した記事の中に「沖のピーヤに向けて花を投げる」とあったが、きっとピーヤのことは写真を見ない限りわからないと思う。それで、朝日新聞夕刊(2020年12月10日)から、ピーヤの写真と長生炭鉱事故についての説明を紹介する。

 山口県宇部市の床波海岸。白い砂浜の沖合に、2本の太い柱が立っている。「ピーヤ」と呼ばれる海底炭鉱の排気・排水筒だ。そのさらに沖の海底に、太平洋戦争中、長生(ちょうせい)炭鉱で働いていた坑内労働者183人が今も眠る。その7割強、136人は朝鮮人だった。
 海底下約30メートルの坑道で天盤が崩れたのは1942年2月3日。翌日の新聞各紙が報じた。坑道に海水がドッと入り、坑口への急勾配を登り切れずに大勢が死んだ。事故は「水非常」と呼ばれた。

 このような事実を知ると、在日コリアン差別などとんでもないことで、あってはならないと強く思う。

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