「孤独」担当相を新設したという記事を読み、複雑な気持ちになった。何か違うんじゃないか、という思いと、それだけ人間関係が希薄になっているのだろうか、という思いが錯綜しているからだ。孤独死や引きこもりの問題も視野に入っているようだが、どちらも、政治的貧困に根本的な要因があることは間違いない。そこまで掘り下げることなく、担当相を置けばいいというものではない。
ちょうど今、『人を”資源”と読んでいいのか』を呼んだばかりだが、戦後70年も過ぎたのに、未だに「人を”資源”と読んで憚らない」人たちが政権中枢にいて驚いたが、そうして人間尊重に背をむけている限り、「孤独」担当相を新設しても、真の解決には至らないであろう。
確かに、三密を避けようと、物理的な接触機会が減れば、それだけ親密さが薄れかねないのは事実であろう。それならば、無症状の新型コロナ感染者を発掘するなど、感染者の流行を抑え込む「新型コロナ対策に全力をあげる」ことこそ、孤独死や自殺者を減らす切り札になるに違いない。
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